写真部ひとり。活動記録

なにもないのが一番と最近わかってきました。

冷やし中華の風景

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暑い。

暑すぎる。

もう、気温があついときの「あつい」の漢字は「熱い」に改めるべきではないか?

そんな日は中華料理屋に駆け込み、酢の効いたタレのかかった冷やし中華を吸い込む。

啜るのではなく、吸い込む。吸い込むことで冷たさを体へとダイレクトに取り込む。

最高の瞬間である。

難波・向日葵

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SNSをこっそり再開している今日この頃。

友人知人からはまだ気づかれてない。

そもそも、公開にしてても誰も訪問0を更新している。

ある意味無責任で愉快。

 

話は変わる、SNSの画像は見る人のデバイスによって全く異なることに気付いた。

5インチ程度のスマホから300インチのプロジェクターまで様々なサイズで見れるのがデジタル。

ある意味で、サイズに関しては委任してしまっている。

 

やはり印刷物はそこのところにも撮影した人の意思が込められていて、オリジナルプリントなどと言われてもてはやされるのだろう。

オリジナルプリントがもてはやされる人になりたいもんだ。

新大阪・新幹線景

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ボケた写真を撮るのは人間がボケている証拠

という論者を見かけてうっすら納得している。

後ろボケや前ボケを多用する理由は結局主題にピントをパシッ!っと合わせてからの話なわけで。

まずそこからしないといけない。

次に副題をどれくらい取り込むか。

理由もなくボケボケしてたら人間の目とかけ離れてしまうからその塩梅が大切。

邪魔にもならずいい具合に副題を入れ込んで、一枚の写真の出来上がり。

 

ボケすぎた写真を撮りすぎたらそういう副題に対してボケーっと接してしまって、ボケた人になっちゃうよーっていうことだろうね。

そういや、昔の名作と呼ばれる写真はガッリ絞ってあるなぁ。

今日の空・土砂降り後晴れ

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不便なことはだいたい嫌われる。

なのに、銀塩写真というのはいまだに残っている。

かくいう自分も銀塩は嫌いではない。

「撮ってすぐ見えなくて現像後が待ち遠しい」って思う今の人、昔は「まどろっこしいなぁ」と言われていた。 

フィルムだって36枚撮るのにパトローネか一本必要。データならあの体積で何枚記録できるだろう?

 

そういった色々をクリアにするためにデジタルカメラは生まれたのに銀塩はしぶとく残った。

逆にそこら辺をクリアにしすぎたせいでコンデジは駆逐されスマホが台頭してきた。そのうちスマホのカメラで雑誌の巻頭写真が撮られるのだろうね。

なんとも皮肉だわ。

 

あ、その前に雑誌は生き残れるのかしら?

長堀橋・ストリートアート

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GFX50R

というカメラを盆休み前に購入したのだけど暑さで、道を歩く気にもならない。

カメラもそこそこ大きいし、レンズもそれなりに大きい。

日本の夏は路上スナップには向かなくなってきている気がする。

 

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